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2019年04月01日

なぜ白衣の天使と呼ばれるの?|由来とナイチンゲールの生い立ち

今回は、白衣の天使についてご紹介します。白衣の天使と聞くとすぐに思い浮かぶ歴史上の人物がいます。その人の生い立ちや生涯を知ることによって、白衣の天使と呼ばれた理由がわかります。また、白衣の天使の仕事についても詳しく説明しています。

なぜ白衣の天使と呼ばれるの?|由来とナイチンゲールの生い立ち

なぜ白衣の天使と呼ばれるのか?

今回は、看護師という職業がなぜ「白衣の天使」と一般的にいわれてきたのかを、その理由を歴史上のある人物をご紹介しながら、説明していきます。

それでは白衣の天使である看護師という職業についていろいろと見ていきましょう。

看護の日

白衣の天使は、皆さんが知っているように看護師の別名称です。とくに、かつては看護婦と書かれていた時代には、多くの人が白衣を着た女性の看護師をイメージしたことでしょう。そんな看護師たちにとって、ゆかりのある日が毎年5月12日にくる「看護の日」です。

この看護の日の他に、この日をはさんで一週間を看護週間とよびます。なぜひこの日が看護の日として制定されたのは、1990年代のことです。この日に決めた理由は、白衣の天使である歴史上の人物「フローレンス・ナイチンゲール」に関連しています。この5月12日というのは、ナイチンゲールの誕生日です。

日本独自の看護の日は、1990年ですが、国際看護師の日というのは、同じ日にちで1965年に制定されています。

「白衣の天使」と呼ばれるようになった由来

看護師が白衣の天使と呼ばれるようになったのには、このフローレンス・ナイチンゲールとの関わりがあります。それではこのナイチンゲールは、一体どんな人物だったのでしょうか。彼女は、現代の看護の基礎を築いた人物で、近代看護教育の母とよばれています。

そんな彼女が看護の道へ進んだ当時は、戦争があり戦争先に彼女は志願していったのでした。その戦争の時の彼女の行動から「ランプの貴婦人」とも呼ばれるようになりました。このランプの貴婦人の逸話が、白衣の天使と呼ばれる要因の一つです。

ナイチンゲールの生い立ち

それでは白衣の天使ことナイチンゲールについて生まれや生い立ちなどを詳しくご紹介していきましょう。彼女のプロフィールを追うことで、どうして彼女が白衣の天使と呼ばれるのようになったのかをより理解しやすくなります。

生まれ

フローレンス・ナイチンゲールは、1820年5月12日イタリアのトスカーナ地域でうまれました。しかし、彼女はイタリア人ではなく、英国人両親の元、英国籍として生まれています。両親はお金持ちの上流階級のでです。フローレンスという彼女の名前は、訪れていたイタリアのフローレンスにちなんでいます。ペネロペという名前の姉がいます。

彼女の家族は、1821年に英国に移りました。フローレンスは、ハンプシャーのエンブリーとダービーシャのあたりで子供時代を過ごします。上流階級らしく大変な教育を受けて育ったナイチンゲールは、徐々に事前活動で貧民たちに接するようになり、奉仕の仕事を考えるようになります。

医師のもとへ自ら志願する

姉のペネロペが精神面で脆弱になったことを機に、ナイチンゲールは監護をする目的で、看護教育が行われていたドイツの学校へいきます。後に、ロンドンの病院に知り合いを通して就職しますが、その頃は、無給だったそうです。

このようにしてナイチンゲールは、ロンドンで看護婦をスタートするのですが、ほどなくしてクルミア戦争が勃発します。

クリミア戦争

このクルミア戦争が、彼女の人生を大きくかえます。新聞紙ロンドンタイムスでは負傷兵に関しての情報が載るようになり、戦前の酷さが伝わるようになります。それを機にしたナイチンゲールは、看護師として軍に参加することを申しでます。

時の大臣であったシドニーハーバードにお願いし、ナイチンゲールは、クリミア戦争に自分と同じく看護師14名とその他シスターを含めた38名を送り出してもらうことに成功します。病院があった、スクタリで看護を始めます。

この時点では、白衣の天使とよばれうようになるとはナイチンゲール自身も思いつきもしなかったでしょう。

白衣の天使と呼ばれたナイチンゲールの功績

ここからはさらに、ナイチンゲールが戦場で実際にどのようなことをし、白衣の天使と言われるようになったのかを、詳しく説明していきます。

スクタリの野戦病院

ナイチンゲールはスクタリではじめたことは、トイレなどの衛生面の改善でした。戦地におもむいてすぐに、軍医からうたましくおもわれたナイチンゲールとその看護団は、病院の衛生面を改善することによって、認められるようになっていきます。ナイチンゲールのその統率力は認められ、クリミアの天使とまで呼べれるようになります。

これがきっかけで、看護師は、白衣の天使と言われるようになります。夜にはランプを持って見回りを怠らなかったことでも知られ、ランプの貴婦人ともよばれました。

ナイチンゲールの働きで、多くの負傷した兵士たちが癒やされ、元気づけられたと言われています。ナイチンゲールは、結局1856年のクリミア戦争が終結するときまで、ここで働きます。

世界初の看護学校

クリミア戦争が終結後に、戦時中に作られたナイチンゲール基金を元にロンドンのキングス・カレッジロンドンにナイチンゲール看護学校がつくられました。当時は、聖トーマス病院といいました。

実際、白衣の天使といわれたナイチンゲールは、看護師として現場でバリバリ働いたのは、クリミアにいた二年間で、その後は学校で医療衛生改革に関して書籍を書いたりして過ごします。

勲章を受章

白衣の天使として広く知られるようになったナイチンゲールですが、彼女は障害でどのような勲章を頂いてるのでしょうか。

ナイチンゲールは、クリミアでの働き、そしてその後の看護学校での功績より、女性ではじめてのメリット勲章を1907年に授かります。

看護師にしかできない仕事

今も白衣の天使は看護師の代名詞的な部分が残っています。そんな看護師ですが、看護師の役割とはなんでしょうか。

看護師しかできない大切な役割についてみていきましょう。

患者の声に耳を傾けるのも看護師の役割

病気などで病院に行くと、普段は元気な人でも、体が思うようにうごかなかったり、体調がすぐれないことから、気持ちがおちこみがちになります。そんな時に優しく接してもらえたら、誰もが気分がすこしよくなるでしょう。

仕事とはいえ、自分のつらいことに耳を澄まし、少しでも気分が楽になるよう配慮してくれる看護師は、まさに白衣の天使のようにみえることでしょう。

患者と向き合いケアする

看護師は、医者よりも患者と接する時間が多いのが特徴です。医者は病気を診断したあとは、あまり会う機会はありません。しかし看護師とは、病気の内容が診療だけか、入院するかによって多少の差はうまれますが、患者やその家族と接する時間は医者と比較してかなり長いものとなります。

病気の内容によっては、患者のケアだけでなく、患者の家族のケアがとても大変になります。医者の診断の資料をモトにどのように接するかをかんがえることのほかに、病気によって気持ちがだめになってる患者も多く、その場合は、マニュアル通りには行かないケアを要求される大変な仕事です。

アセスメントの重要さ

特に看護士において、看護アセスメントというのが大切になってきます。これは看護師が、患者に対してどのように看護をするなかで、情報をどのように集めて、相対定期な評価をだすかということです。他の言葉であらわずとなると、評価という言葉などでよく表現されます。

このアセスメントによって患者にどのように対応したり、対処するのかをきめていくので、とても重要なです。

一般的なのは、バイタルなどをとったりする日常的なルーティンです。さらにその情報を基に、客観的な対応が必要となります。患者の主観だけでなく、情報をあつめることによって客観的な判断を下すことができるので、看護アセスメントはとても重要です。

医者には手の及ばない誇り高い仕事

医者も看護師も同じ医療従事者ですが、どこが大きく異なるのでしょうか。看護師というの看護する人の心や気持ちに寄り添うという点でが、医者よりも遥かに大きくもとめられるのではないでしょうか。

それは診療にきたとき、入院したときなどに細かな部分で看護師が患者のそばに近い部分でサポートをすることが多いからでしょう。専門的な知識もあり、様々な面で患者をサポートするとても大切で、大変な仕事です。

あなたも白衣の天使になれるように

看護師になろうと思った時、人それぞれにおもいがあることでしょう。病気をきっかけに、せっしてもらった看護師の対応に憧れてや、ナイチンゲールについて知り自分も人のために奉仕しをしたいと思う人などぞれぞれです。

実際には憧れだけではできるような華やかな世界ではなく、とても大変な仕事であることもしられています。でも看護師として人のためにという思いや憧れはとても大切です。ぜひ頑張って憧れの白衣の天使になりましょう。

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